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ヨセフの夢

若く未熟であった今日のヨセフの話は、彼の未成熟さから自ら招いた悲劇といった面も感じられます。

では、ここから私たちが今日、受け取るべきメッセージは、「もっと思慮深い成熟した周りにも配慮できる誰にも分け隔てなく愛ある信仰者を目指しましょう」ということなのでしょうか。確かにそれもそうかも知れません。しかし、罪深い肉の身に生れている人間として、限界もあるのです。

それよりも大切なことは、忘れないでいてください、「あなたの人生にも神のご計画がある」ということを。「神の夢は必ず実現する」ということを。いかに妨げるものがあろうとも、確実に神はその力強い御手でご自身で選ばれた者を守り、ご自身のご計画を遂行されます。

ヤコブの人生もそうでしたが、このヨセフの人生においても聖書が伝えているメッセージは、「神の摂理」があるということです。ヨセフが売られたのは兄たちの妬みからです。殺してしまおうとしたのは、「あいつの夢がどうなるかを見てみようではないか」(20)と言って神の夢の実現を阻もうとしたものです。

しかし、そこにもは神の御手が働いて確かな守りがありました。いかに人間的な知恵、力でことを行おうとしても神のみこころを阻むことは誰にもできません。これら人間的な思惑や複雑な人間の対立関係の中にあっても、神の夢は確実に実現していくということです。

また、その中にあって、神の民への神の愛も豊かに備えられていることがわかります。そして、すべては神ご自身のご栄光とされていくということです。親の偏愛から嫉妬し憎むようになった兄弟たちも、血に染まった息子の長服を見せられて全く絶望的と思って悲嘆に暮れていた父ヤコブも、実はそれで終わらないのです。

「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)


2020年1月19日 主日礼拝メッセージ「ヨセフの夢」より